取組紹介

【協働事例】リトルベビーと家族に、新たな選択肢を:当事者の声から広がる協働

collabo report 20260629 img cover00 (1)

はじめに

体重が2500g未満で生まれた子どもを低出生体重児(リトルベビー)といいます。標準とされる子どもの発達を前提とした社会制度や枠組みでは、リトルベビーの成長を十分にサポートできないことが多々あります。そのため、当事者と家族は日々の生活や子育てに悩みを抱え、不安や孤立を感じることも少なくありません。

神奈川県内で活動する「NPO法人pena」は、こうした課題に真摯に取り組んでいます。交流会・相談会などの当事者支援、情報発信や写真展などを通じた普及啓発、行政・自治体と連携した支援・制度の強化。この3つを柱として、リトルベビーとその家族が安心して暮らせる社会を目指しています。

penaの活動では、行政や専門家へ当事者の思いや願いを届け、ともに考えながら、これまでになかった支援や選択肢を生み出してきました。今回は、理事長の坂上彩さんに、ご自身の経験、行政との協働、当事者同士のネットワーク構築など、これまでの軌跡を伺いました。当事者の声を可視化し、さまざまな人とつながりながら社会を変える力を生み出していく。そうした協働のあり方をたどります。

collabo report 20260629 img 01

「社会とつながっていない」と感じた子育て

penaの活動が幕を開けるきっかけは、坂上さん自身の忘れられない経験に根差しています。2018年5月、坂上さんのお子さんは24週4日、わずか370gで誕生しました。生まれたときは、手のひらに乗るほどの小ささでした。

「その小さな姿を見て、1カ月後にこの子が生き抜いて、大きく育つイメージが全く持てませんでした」と坂上さんは振り返ります。

collabo report 20260629 img 02
人形は、坂上さんのお子さんが生まれたときの体の大きさを再現

お子さんは、すぐに神奈川県立こども医療センターの新生児集中治療室(NICU)へ入院。坂上さんは毎日、朝から夕方まで病室で子どものそばに座り、3時間おきに搾乳する生活を3カ月続けました。明日も命が続くかわからない。そんな日々を一日ずつ乗り越え、退院までの最後の約1カ月は平塚市民病院へ転院し、月齢4カ月記念日の9月29日に退院。

collabo report 20260629 img 03
入院当時に書き記していたノート

ですが、退院後に待っていたのは、子育てに対する不安を抱えながら、頼れる場所や人を探し続ける日々でした。

電車や病院で、「どうしてこんなに子どもが小さいのか」と悪気なく聞かれるたびに、子どもと自分が責められているように感じたといいます。子育てに対する行き場のない思いをなんとか和らげようと、子育て支援センター、小児科クリニック、小さく生まれた子のための地域の交流会などに参加しました。しかし1000g未満の子どもを育てる中で抱く焦りを、十分に分かち合える場所や人には出会えません。

「ここで仲間ができるかもしれないと期待して足を運びますが、それができずに毎回落ち込んで帰ってくる。“私の悩みに寄り添って一緒に考えてくれる人がいる”という感覚が持てなかったのが、一番つらかったんだと思います」

行き場のない焦燥感は、やがて自分自身へと向かっていきました。

「落ち込むたびに、最後に行きつくのは自責の念です。自分が早くに産んでしまったから、子どもの発達が遅いのではないか。私が悪いから社会のみんなに助けてもらえない。自分でなければこの子はもっと幸せだったのではないか。そうやって原因を自分の中に見つけないと、とてもやりきれなかったんです。一般的な子育ての歩みから外れてしまい、社会とつながっていない感覚がありました。それは想像よりずっと寂しいことでしたね」

当事者家族へ「かながわリトルベビーハンドブック」を届ける

リトルベビーハンドブックを自分でつくる?

当時、坂上さんの支えになったのが、SNSで出会ったリトルベビーの家族とのつながりでした。母乳やミルク、食事、身長。それまで一人で抱えていた悩みを、同じような経験をしている人々と話せるようになります。

「誰かに起きたことは自分にも起きる可能性がある。だからこそ仲間との会話は、全てが自分事のように感じられました。SNSで情報交換をするほど、どんどん頭でっかちになっていく気がしましたが、一方で私と同じ熱量で頭を悩ませてくれたり、親身に相談に乗ってくれたりする人にやっと巡り合えた気持ちでした」

SNSで出会った仲間と悩みを共有しながら、子育てを続けていたある日。静岡県で「しずおかリトルベビーハンドブック」が誕生したというニュースを目にします。

collabo report 20260629 img 04

リトルベビーハンドブックは、小さく生まれた子どもとその家族が、母子健康手帳と一緒に使う手帳です。小さく生まれた子どもの成長や発達を細かく記録できるようにつくられています。母子健康手帳は正期産で生まれた子どもを基準に制作されており、リトルベビーの発達や成長に合わせた仕様ではありません。

坂上さんが出産した2018年当時、母子健康手帳の発育曲線は体重1000gから始まっていたため、それ以下で生まれた子どもの出生時の体重を記録することができませんでした。手帳に自分の子どもの成長を書き込めない――坂上さん自身を含むリトルベビーの家族にとって、そのこと自体が気持ちを落ち込ませていたといいます。

そうした状況の中で、静岡県のニュースに感心はしたものの、遠い出来事のように感じていました。それが自分事となる転機は、佐賀県の友人からリトルベビーハンドブックを作成したという経験を直接耳にしたときです。「え、自分でつくることができるの?」と衝撃を受けたといいます。さらに同時期、350gで生まれた子を育てている友人が、ハンドブックの制作を始めることを知りました。身近な友人の勇気ある姿に背中を押され、坂上さんは神奈川県でもリトルベビーハンドブックをつくることを決意します。

「370gで生まれた子どもを育てる私が、関わることに意味があると思ったんです。それまでの自分の経験を、これから同じ状況に置かれる家族のために生かしたい。私と同じようなつらい経験をもう誰にもしてほしくない。その一心で、飛び込むことを決めました」

2021年7月、NPO法人penaの前身となる「かながわリトルベビーサークルpena」を設立。神奈川県版のリトルベビーハンドブックの実現に向けて、動き出します。

当事者の声を届け、社会を動かす

坂上さんは、リトルベビーサークルを運営している全国の代表が参加するグループチャットへ招待されます。つながりが広がる中で、低出生体重児とその家族を取り巻く環境に理解のある行政関係者や専門家など多様なネットワークを築いていきます。

2021年10月には、神奈川県と面談する機会を得ました。当事者の立場から、リトルベビーハンドブックが家族にとってどれほど支えになるのか。その必要性を訴えました。「小さく生まれた子どもとその家族が抱える困難は、社会や制度の側からも考えていく必要がある」という理解を得ることができ、実現に向けた検討が始まります。

小児科医、産婦人科医、助産師、保健師、支援団体など、多様な立場の人たちと意見を交わしながら、約2年の月日をかけてリトルベビーハンドブックを形にしていきました。

「はじめは、医師など専門家の方々と何を話せばいいのか全くわかりませんでした。ただ、私たち当事者が何に悩み、どのように社会を変えたいのか、そしてそれをきちんと専門家へ伝えること。これが自分の役割であると考え、その思いを時間をかけて伝えていきました」と坂上さんは制作期間を回想します。

collabo report 20260629 img 05

「当事者を第一に考えた手帳にしよう」という理念のもと完成した「かながわリトルベビーハンドブック」。2023年9月から神奈川県内で配布が開始されました。

家族の心に寄り添う手帳

坂上さんたちは、リトルベビーの家族が、不安や孤立を感じやすい産後に支えとなる手帳を目指して、リトルベビーハンドブックにさまざまな工夫を凝らしました。先輩家族からのメッセージや新生児集中治療室(NICU)での治療、入院中に家族が子どものためにできることなど、当事者にとってすぐに役立つ情報を中心に掲載しています。

collabo report 20260629 img 06

リトルベビーは、正期産で生まれた子どもを基準とした発達の目安には当てはまらないことがあります。リトルベビーハンドブックは、そうした一般的な基準と比較するのではなく、その子ども自身のペースで成長や発達を丁寧に記録できることを大切にしました。

例えば、母子健康手帳には、月齢に応じた発達の状況を確認するため、「はい・いいえ」で答える項目が並びます。ゆっくりと成長する子どもの場合、「いいえ」にチェックすることが続き、家族が焦りを感じたり、自信を失ったりすることにつながってしまいます。

collabo report 20260629 img 07


一方、リトルベビーハンドブックの場合は、子どもの成長や発達に気付いた日を記録します。「発達が緩やかな子、病気で体が自由に動かせない子、それぞれの成長や状況を家族が楽しんだり、喜んだりできるようにしたかったんです。私が子育てしているときにこの手帳があれば、本当に救われていたように思います」という坂上さん。

ハンドブックを開くと、子育てを経験した当事者からの温かいメッセージを随所で読むことができます。生まれてきたお子さんと家族を見守り、気にかけている人がこの社会にいることを当事者に知ってほしい。そんな意図がここには込められています。

リトルベビーハンドブックは、NICUのある病院や、各自治体の母子健康手帳が手に入る場所で配布されています。いまは、県外の医療機関で出産や治療をする家族や、NICUではなく産院で出産したためにハンドブックに触れる機会のない家族など、手帳を必要としている当事者にどのように届けていくか。その方法を模索中です。

当事者それぞれの経験を持ち寄り、共に支え合う

2024年、penaはNPO法人として新しいステージへ。同年10月には神奈川県と「連携と協力に関する協定」を締結。リトルベビーへの理解を深める普及啓発や、家族を支える環境づくりなどに、ともに取り組んでいます。現在は、神奈川県から「リトルベビーのピアサポート(リトルベビーピアサポート地域拠点事業)」を受託し、リトルベビーとその家族のための地域交流会や相談支援を行っています。

もともとpenaは当事者同士がつながる場をつくることに力を入れてきました。コロナ禍に始めた交流会は、毎月地道に続け、いまでも活発に展開中です。坂上さんは、当事者同士だからこそ生まれる支え合いについて、以下のように話します。

「当事者は出産したときに抱いていた思いを忘れることはないんですよね。だからこそ、家族は子どもが成長した後も各自の経験や知恵を持ち寄って、支え合うことに積極的になってくれます」

神奈川県とともに事業に取り組むようになったことで、交流会や相談の場に変化が訪れました。医療機関や保健師からの告知や紹介がスムーズに行われ、出産から間もない家族に出会う機会が増えたのです。これまでは、お互いの経験を紹介し合うような交流や相談が多かったのですが、いまは「体重が増えない」「ミルクを飲まない」「退院後の生活をどうしたらいいかわからない」といった具体的な育児の悩みを持つ人と、より深く関わるようになりました。「自分が最もサポートしたかった人々にアプローチできている」と坂上さんはその変化を喜んでいます。

collabo report 20260629 img 08 02
collabo report 20260629 img 08 01

penaの強みは、多様な経験を持つ当事者同士のネットワークの広さにあります。現在、penaが運営するグループチャットの参加者は、約120名。各自の経験という大きなリソースが、リトルベビーとその家族を支える力になります。

「例えば、私は子どもが手術を経験していないため、手術に関する相談には他のメンバーが対応してくれます。これだけ当事者が集まると、誰かの悩みに、誰かが何かしらのアドバイスをすることができるんですよね」

病院を選ぶときのポイント、保育園や幼稚園との関わり方、学校とどのように話し合うのか。pena内のネットワークでは解決ができない場合は、全国の当事者ネットワークへも協力を要請します。かつて坂上さんが望んでいた「一緒に考えてくれる人がいる」と思えるようなつながりが、ここでは築かれているのです。

penaが必要ない社会へ

「神奈川県とは、お願いする/お願いされるといった関係を超えて、対等なパートナーとして協働できている」という坂上さん。子どもを連れていなくとも授乳室で搾乳ができることを示すシンボルマークを活用した啓発をはじめ、さまざまな実績を積み上げています。

いまは、神奈川県内の自治体との連携を広げている最中です。横浜市、川崎市、厚木市、海老名市など県内の自治体へ足を運び、少しずつ信頼関係を築いています。2026年度には、横浜市青葉区の「横浜市たまプラーザ地域ケアプラザ」で対面交流会を開催し、さらには藤沢市が年2回実施する低出生体重児と保護者の交流会にゲストとして招かれました。

「自治体は場所の確保や周知を、私たちは内容を考えて参加者と県内の当事者をつなげることを。それぞれの強みを生かしながら、各地域で一緒に事業ができる体制をつくっていきたいです」

collabo report 20260629 img 09 01
penaが独自で行う写真展の様子
collabo report 20260629 img 09 02

では、坂上さんが実現したい夢とは。最後に、その想いを伺いました。

「地域の中にリトルベビーとその家族が集える拠点をつくりたいです。一般的な子育て広場に行くことにハードルを感じる家族もいます。そうした人たちでも、小さく生まれた子どもを育てる人が自然と集まっている場所であれば、参加しやすいと思うんです。penaの活動は2026年で5年目を迎え、いまでは小学生になった子も。小さく生まれても、その後の成長は一人ひとり違います。いろいろな子どもの成長に触れると、家族の視野が広がりやすくなります。小さく生まれた子、病気を生きる子、特別な配慮が必要な子、みんなが一緒に話したり、交流したり、必要な情報を得たりできる。そんな場所をつくるのが目標です。

日頃から、penaの活動が必要なくなればいいと思って活動を続けています。私たちが活動しなくても、リトルベビーとその家族、そして不安や孤立感を抱える人が豊かに生きられるような社会を残していきたいです」

編集後記

当事者一人ひとりが持つ経験や、そこから生まれた考え、そして理想。その声を団体が集め、社会に伝わる言葉へと翻訳し、じっくりと時間をかけて届けていく。penaの歩みからは、その積み重ねが周囲の人々を動かし、課題を解決するための支援や制度へとつながっていく過程を学びました。

横浜市市民協働推進センターでも、こうした当事者の視点から始まる協働の取組をきめ細かく捉え、その活動を多様な主体へとつなぎ、新たな協働へと広がるように後押ししていきたいと思います。

過去の記事へ 取組紹介一覧へ
ページ上部へ