取組紹介

【協働事例】誰もが学び続け、自分らしく生きるために:重度障がい・病気がある人のための生涯学習支援「訪問カレッジEnjoyかながわ」

【協働事例】誰もが学び続け、自分らしく生きるために――重度障がい・病気がある人のための生涯学習支援「訪問カレッジEnjoyかながわ」のバナー

はじめに

学びとは、好きなことを見つけ、それに夢中になり、もっと知りたいと探究を重ねること。そしてこの瑞々しい営みが、社会とつながりながら、一人ひとりが自分らしく主体的に生きることを後押ししてくれる――。今回ご紹介するのは、このような考えのもとで、「学び」という営みを全ての人に拓いていくための実践です。

学ぶことは、学校を卒業したからといって終わるものではありません。生きているかぎり学びは続いていきます。そんな続いていくはずの学びのチャンスが、全ての人に平等に行きわたっているとはいえない現実があります。とりわけ、学校を卒業し、重度の障がいや病気のため在宅生活を余儀なくされる方々の状況は深刻です。訪問医療や介護といった命を守るための支援は継続しますが、学びを支える支援は途絶えてしまうことがほとんど。外の世界とつながり、自分の興味関心を深めたり、可能性を広げたりする場や時間が、極端に制限されてしまうのです。

この課題に応える活動が、「訪問カレッジEnjoyかながわ」です(以下、訪問カレッジ)。運営主体は、「NPO法人フュージョンコムかながわ・県肢体不自由児協会」。神奈川県内を対象に、重度の障がいや病気のために通所施設等の利用が難しい18歳以上の方の自宅へ訪問し、生涯学習をサポートしています。このような訪問型の生涯学習支援は、全国各地で広がりを見せており、訪問カレッジもその一端を担っています。

画像1 訪問カレッジの様子
 訪問カレッジの様子

同法人の訪問カレッジでは月1回程度、カレッジ生とボランティアの学習支援員が、約1時間の学びの時間をともにしています。2019年にスタートし、コロナ禍でも地道に活動を続け、現在(2026年)は29名のカレッジ生がそれぞれの好きなこと・チャレンジしたいことに前向きに励んでいます。

たった一人の「学びたい」という意欲から出発したこの活動は、2024年から3年間、神奈川県との協働事業として展開。大学生ボランティアや社会教育施設との連携が進み、カレッジ生とその家族を社会へとつなげる道筋が少しずつつくられています。今回は、同法人の成田裕子さん(理事長)、片山由美さん(学習支援員)と対話しながら、学びから自分らしい人生を切り拓くための活動の足跡を伺いました。

画像2-1 理事長の成田さん
画像2-2 学習支援員の片山さん

まずは、目の前のこの人のために

取組が動き出したのは、2018年のある日。神奈川県立麻生支援学校で訪問教育を担当していた教員から、成田さんへ一本の電話が入ります。それは「これから卒業するある学生のために、卒業後の学びの場をつくってほしい」というお願いでした。

「特別支援学校の卒業後、学生に学びの場がほとんど残されていない。これは現場を知る教員であれば誰もが認識している課題でした」と成田さんはいいます。特別支援学校の教員であったお二人ともその課題を把握しつつも、在職中はアクションを起こす余裕はありませんでした。

たまたま相談を持ちかけられた“とある学生”は、成田さんが入学当初から知る学生のお一人でした。その方の顔を思い浮かべながら、「まずはこの子が好きなことに打ち込める場をつくろう」と決心。特別支援学校を退職した5~6人の職員へ声をかけ、2019年に訪問カレッジが幕を開けます。

「面白いと思うこと」や「知りたいこと」にみんなで向き合う

特別支援学校の進路担当や、卒業後のケアマネジャーからの声がけで、カレッジ生が徐々に増えていきました。現在のカレッジ生は29名。うち14名は通所先が確保できておらず、自宅での生活が中心です。同時に、教員時代のコネクションを活用しながら学習支援員も募っていきました。

カレッジ入学時には学生証が配布され、毎月1回程度、学習支援員と約1時間のカレッジ活動を1年間継続。1年間の最後には修了証が授与され、1年間の学びの成果がかたちとして残ります。

画像3-1 学生証
画像3-2 修了証
学生証(上)と修了証(下)が、ここでの学びの証に

「訪問カレッジには決められたプログラムはありません。カレッジ生のやりたいことを軸に、本人、家族、各回を担当する学習支援員が知恵を出し合いながら毎回の活動をつくります」と成田さんは活動の特色を説明します。「自分が面白いと思うことはなに?もっと知りたいことはなに?」という問いに、関わる全員が一緒に向き合っていきます。

「学習支援員は、教材の使い方から連携の仕方まで毎回いろいろなことを考えさせられます。本人はもちろん、ご家族の助言から新しい気づきを得ることも多いです」と続ける成田さん。教える・教えられるといった固定的な役割を超え、共に支え合いながら充実した時間を紡ぎ出しているのが訪問カレッジでの学びです。

カレッジ活動の内容は、自然科学分野の物理・化学・天文学から社会科学分野の歴史・地理、文化・芸術分野の絵画・音楽の合奏など、多岐にわたります。カレッジ生の興味関心に応じて、これまでにない分野に挑戦することもあるといいます。

学びからカレッジ生を社会へつなぐ

自宅での時間が大半を占めるカレッジ生にとって、社会とつながるチャンスが偶然訪れることはほとんどありません。そこで訪問カレッジでは、本人の面白いこと・知りたいことに対する学びを通じて、カレッジ生を外の社会へとつなげる回路を積極的に構築してきました。ここでは3つの観点から、その様子を見ていきましょう。

同世代との交流が育むもの

カレッジ生が同世代の若者と関わる機会を活動の中に織り込むこと。これが訪問カレッジが最も大切にしてきたポリシーの一つです。そのため立ち上げ当初から、田園調布学園大学の教員に協力を依頼し、大学生ボランティアが同行できる仕組みを整えてきました。いまでは、フェリス女学院大学、明治学院大学、鎌倉女子大学、國學院大學などの大学生がボランティアに加わっています。

画像4-1 同世代同士の関わり合いを
同世代同士の関わり合いを
画像4-2 同世代同士の関わり合いを

なぜ同世代の交流をそこまで重視するのでしょうか。お二人が口をそろえて強調するのは、同世代同士のつながりが生み出すパワーの強さです。

「同世代の人と関わると、カレッジ生が学んだことをグッと深く受け取るようになるんです。年齢の近い人と学び、その話題で何気なく話をするだけで、ただの知識が立体感を伴って頭の中に入っていくのではないかと思います。同世代同士のやりとりだからこそ生まれる力があると感じています」と片山さんはその可能性を語ります。

田園調布学園大学の大学生によって、訪問カレッジに同行するボランティアサークルが立ち上がったといううれしい出来事も。2025年には、サークルと共催で、カレッジ生と大学生の交流イベントを大学祭に出展。成田さんは「エレベーターが狭くてストレッチャー型の車椅子が入らない施設の2階で、どのように交流を促すか。みんなで頭を悩ませましたね。配信なんて案も出たりして」と当時の様子を楽しそうに振り返ります。

画像5 大学祭を楽しむカレッジ生と大学生
大学祭を楽しむ、カレッジ生と大学生

成田さんは、カレッジ生と大学生の交流について、こんな願いを共有してくれました。

「同行する全ての大学生が、重度の障がいや病気がある方と接する専門家として育つ必要はありません。むしろ私は福祉や教育と直接関わらない人生を歩む大学生とも関わりたいんです。カレッジ生と一瞬でも触れ合った経験が、彼・彼女たちが社会の仕組みを考える際に何かしらの影響を与えることに期待しています。」

画像6 理事長の成田さん

アプリで拡張する、表現方法と情報へのアクセス

特別支援教育・支援技術のアプリを開発する「あっきーテックサポート」の鈴木章裕さんが、ICTアドバイザーとして参加しています。鈴木さんも特別支援学校の教員として実務経験があり、活動の理念を深く理解している心強いパートナーです。

タブレットやアプリの活用で、カレッジ生の表現方法や情報へのアクセスの幅が広がっています。例えば、鈴木さんが開発した電子楽器アプリ「DropTone」は、その好例です。足の指をわずかに自分で動かせるカレッジ生は、画面上の鍵盤を見ながら鳴らす音を視覚的に判断し(下記画像左)、足元のスイッチに触れて音を奏でます(下記画像中央)。このようにカレッジ生のそれぞれの特徴に合わせてアプリを調整することで、楽器に直接触れることが難しくとも、自分らしい音楽表現が可能になるのです。

画像7-1 電子楽器アプリを視線と足で操作するカレッジ生。みんなで合奏!
電子楽器アプリを視線と足で操作するカレッジ生
画像7-2 電子楽器アプリを視線と足で操作するカレッジ生。みんなで合奏!
画像7-3 電子楽器アプリを視線と足で操作するカレッジ生。みんなで合奏!
みんなで合奏!

重度の障がいや病気がある方が、社会情勢やニュースを知る方法は限られています。そこで活躍するのが、視覚情報からわかりやすくニュースを伝えるアプリ「DropNews」。訪問カレッジではこれを活用し、社会の出来事を知る「ニュース」の時間が用意されています。

カレッジ生の中には、DropNewsで知ったニュースが自宅のテレビで流れていたことを報告してくれる方がいます。「自分が学んだことが、社会の中で共通の話題として確かに流れている。この事実が、社会の一員として自分が存在しているという気持ちを強く抱かせるのではないでしょうか」と成田さんは考察します。

画像8 「DropNews」で配信された実際のニュース
「DropNews」で配信された実際のニュース

博物館、公民館、図書館… “知の宝庫”で学ぼう!

地道な活動が功を奏し、2024年度からは神奈川県との協働事業がスタート。2026年度に最終年を迎えます。協働先は、生涯学習課と特別支援教育課です。当初は、担当部署が決まらないほど、手付かずの分野でした。

ここでの大きな成果は、県立の社会教育施設と連携できたことです。連携した施設は、神奈川県立歴史博物館、神奈川県立図書館、神奈川県立生命の星・地球博物館、相模原市立橋本公民館の4施設です。生涯学習課と協働したことにより、これらの施設との連携がスムーズに進みました。

展示や施設の魅力を紹介する動画を施設とまずは共作。施設側は、自分たちの話が求められているのか、最初は戸惑っていたといいます。動画を見たカレッジ生からは、「博物館へ行きたい」「学芸員さんのお話を聞きたい」といった声が聞かれました。その反応が施設へと届き、歴史博物館の学芸員による自宅での特別講義、そしてオンラインでの講義が実現できました。2025年には、県立特別支援学校の2校を巻き込み、歴史博物館の学芸員による出前講義を開講。カレッジ生に加え、地域の障害福祉サービス事業所、連携した両課、文科省の方々がオンラインで集まるイベントへと発展しました。

画像9-1 学芸員による出前講義
学芸員による出前講義
画像9-2 学芸員による出前講義
県立特別支援学校での出前講義

連携を続ける中で、博物館や図書館といった“知の宝庫”へのアクセスについて、施設側と協議を重ねました。

「エレベーターやスロープの設置など、物理的な条件がそろうのを待っていたら、カレッジ生が学びの拠点へ足を運べる日は、遠い未来になってしまいます。障がいや病気が深刻である人ほど、一日一日が大切な時間です。いまある条件の中で工夫を凝らし、その人にあった施設の楽しみ方を一緒に考え出せたらいいですよね」と思いをにじませる片山さん。こうした柔軟な思考が、地域の学びの拠点と障がいのある方との新しい関わり方を引き出すのではないでしょうか。

画像10 取材の様子

カレッジ生と家族にも思いがけない変化が。縁遠い空間であった社会教育施設は、訪問カレッジを通じて身近な場所へ変わり、そこへの外出が目標になっている家族もいるそうです。外の世界へと踏み出せる暮らしが少しずつはじまっています。

今後に向けて――当事者の声の可視化、ボランティアそして家族とともに

学びを持続的に行うためには、訪問カレッジでの取組が福祉や医療など公的な制度の中に組み込まれることが必要不可欠です。そのため、訪問カレッジに従事する人々がネットワークをつくり、制度化に向けての実績づくりに一丸となって着手しています。特にいまは当事者とその家族が抱える生涯学習に対するニーズを可視化し、社会へ届けることを中心に行っています。

「カレッジ生のような最も学びから遠い人々の道を切り拓くことが、多様な背景を持つ人々の学びの機会を同時に拓くはずです」と成田さんは自信を持って話します。

さらに、学びの質を高めるためには、ボランティアの層をより厚くすることが欠かせません。現在の学習支援員は約25名。県立の特別支援学校を退職した教員がその多くを占めています。また、地域のボランティアの方をゲストティーチャーとして招き、教員経験がある学習支援員がペアで訪問する仕組みを定着させる方法を模索中です。

そしてこの活動で忘れてはならないのが、カレッジ生の家族の方々の存在です。訪問カレッジは、家族との連携があってこそ成り立つものです。

画像11 家族のみなさんも一緒に
家族のみなさんも一緒に

保護者の方々は重度の障がいや病気がある家族との暮らしを営む中で、教育、医療、福祉など多様な主体と連携してきました。まさに日々の生活であらゆる人々と協力関係を築いてきた協働の実践者ともいえるでしょう。成田さんはカレッジ生の家族を「連携のプロフェッショナル」と敬意を込めた言葉で表現します。「初対面の人々との接し方や、講義をサポートする自然な動きが勉強になる」と学習支援員や大学生ボランティアの多くが口にするそうです。

保護者の方々がこれまで培ってきた知恵や工夫を、参加者同士が共有し学び合うこと。このことが、訪問カレッジの活動を持続的に進めるための大きな糧となるはずです。

おわりに――よりよい学びが自分らしい人生をつくる

最後に、片山さんと成田さんの言葉を紹介して、今回の結びとしましょう。片山さんは、学びの時間が人生の彩りに結びついている点を話してくれました。

画像12-1 片山さん
画像12-2 成田さん

「始まる前は眠そうにしていたカレッジ生が、学びの時間が進むにつれて活動に集中し、元気が出てくる様子も見られます。学びのサイクルが、それぞれの生活のリズムとハリを生み出しているのではないでしょうか。このことを信じて、今後も歩み続けていきたいです。」

最後に成田さんは、訪問カレッジの社会的意義を熱く語ります。

「ユネスコの学習権宣言では、学習という行為は、人類を出来事に翻弄されている客体から、自らの歴史を創造する主体へと変えるという一節があります。これが訪問カレッジの意義を表していますね。自分の興味関心事を発見し、心を動かし、学び続けること。これがより充実した自己決定・自己実現を支え、不安定な時代を自分らしく生きるための力になっていくと思います。だからこそ私たちは、自分らしく生きるためのサポートを、訪問カレッジを通して続けていこうと思います。」

編集後記

訪問カレッジの活動は、重度の障がいや病気がある人の生涯学習を支援する取組にとどまりません。多様な主体がともに支え合い、学び合いながら、誰もが学び続けられる社会の土壌を育んでいます。

ゲストティーチャーと学習支援員がともにカレッジ活動へ参加する仕組みには、大きな可能性があるでしょう。地域の人々が持つ特技や知恵といったリソースが、豊かな学びの質の向上へと還元されていくからです。こうした未来に向けて、横浜市市民協働推進センターも力を発揮していきたいと思います。

Information
「訪問カレッジEnjoyかながわ」とは?」(https://kenshikyou.jp/visiting/(外部リンク))
「特定非営利活動法人フュージョンコムかながわ・県肢体不自由児協会」公式ウェブサイト(https://kenshikyou.jp(外部リンク))

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