
「社会的な責任を果たすソーシャルビジネスとは」開催レポート
2025年8月25日(月)、セミナー「社会的な責任を果たすソーシャルビジネスとは」を開催しました。
今回は、「ソーシャルビジネス」という社会課題解決アプローチの方法について学び、社会貢献とビジネスに対する理解を深めることを目的に企画し、市民活動団体や企業、行政など、多様な立場の方々にご参加いただきました。
事業構想大学院大学事業構想研究所や社会構想大学院大学社会構想研究科で教授をされている河村昌美さんと、NPO法人フェアスタートサポート代表理事および株式会社フェアスタート代表の永岡鉄平さんにご登壇いただきました。河村さんには、ソーシャルビジネスの定義や他の組織形態との比較、ソーシャルビジネスの事例や重要性について講義をしていただきました。その後永岡さんには、株式会社とNPO法人を立ち上げた経緯や両輪で経営するに至った背景などについてお話しいただきました。
開催概要
【日時】2025年8月25日(月)15:00~17:00
【場所】横浜市市民協働推進センター スペースAB
【講師】河村昌美氏(事業構想大学院大学事業構想研究科 教授 ほか)
永岡鉄平氏(NPO法人フェアスタートサポート 代表理事/株式会社フェアスタート 代表)

ソーシャルビジネスとは?
最初に河村さんより、ソーシャルビジネスとは「社会的課題の解決をミッションとして、ビジネスの手法を用いて取り組む事業活動」という説明がされました。利益の最大化を第一の目的とする通常のビジネスとは異なり、社会問題の解決と事業の持続可能性の両立を図る点が特徴とされており、「社会性」「事業性」「革新性」の3つの要素が存在するそうです。
社会課題の複雑化や多様化、それに伴う行政による公共サービスの限界が叫ばれて久しいですが、その状況下でますます行政以外のセクターによる持続可能な社会課題解決が必要とされています。2015年の内閣府「我が国における社会的企業の活動規模に関する調査報告書」によれば、日本ではNPOなどの非営利組織も含めて約20万5千社がソーシャルビジネスを行っているとされています。
「ソーシャルビジネス」と聞いて、「何か新しいもの」「ビジネスだから非営利組織とは縁がない」というイメージを抱く方も多いのではないでしょうか。
先ほども述べた通り、ソーシャルビジネスは社会問題の解決と事業の持続可能性の両立を図るものであるため、株式会社だけでなくNPO法人などの非営利組織を含む、様々な形態の組織が取り組んでいます。つまり、ソーシャルビジネスには絶対的に適切な法人格が決まっているわけではなく、目的に合った事業形態を選び、また複数の形態を上手に組み合わせることが重要だと河村さんから説明がありました。
国内外のソーシャルビジネスの事例
ソーシャルビジネスの国内外の事例として「こども食堂応援Wi-Fi」と「Humanium Metal」が紹介されました。これらは、
・社会価値と経済価値の両立
・産・官・地域の多様なステークホルダーとの連携
・持続可能なビジネスモデル設計
・社会的なインパクトと人々の共感を得る物語
という点で共通しており、それが事業の成功につながっていると語る河村さん。

こども食堂応援Wi-Fiは、地方自治体やNPO法人、ネット回線や配送を担う会社など多様なステークホルダーが連携することにより、税金をあまり使わずに運営していく方法として、ネット回線を扱う事業者に寄付付きの通信契約「こども食堂応援Wi-Fi」が設けられ、こども食堂への配送費分が寄付されるという仕組みができたそうです。
また日本において銃はあまり馴染みがありませんが、世界では違法な銃が出回っており、多くの人々の命が奪われています。そこでHumanium Metalは、世界中の違法銃器を回収し、様々なデザイナーや企業とのコラボレーションにより、時計などの製品を生み出しています。値段は少々張りますが、「まさに『人の命を奪う鉄の塊』から『平和に導く時計』と変化するストーリー性や付加価値がそこに生まれ、人々の共感につながる」との説明がありました。
どちらも社会課題に真正面から向き合いながらも、同時に収益性のあるビジネスモデルが構築されています。
組織の形態に関わらず、稼ぐことと社会課題に取り組むこと
一般的なNPO法人の現状の課題として、寄付金や助成金への依存や、人材の側面からも組織の持続可能性に対する意識の欠如などが挙げられますが、2023年度の内閣府「特定非営利活動法人に関する実態調査報告書」によれば、認証されているNPO法人の8割以上が事業収益を主な財源とし寄付金や助成金などに依存しない収益構造を整えているということがわかっています。「稼ぐ」ということは悪ではなく、組織の持続可能性と社会課題解決の規模の拡大につながります。
また今年、EYストラテジー・アンド・コンサルティングが上場企業の管理職500人に対して行ったアンケートでは、45%の管理職が社会課題解消ビジネスを「すでに事業化している」「現在、議論・検討中である」と回答しており、「今の主力事業に代わる新たな主力事業にしたい」「今の主力事業自体を社会課題解消ビジネスに変えていきたい」と考えている/考えていたと回答したのが44%にのぼります。また「いくつかある事業の中の一つにしたい」「今の主力事業と並ぶ新たな事業の柱にしたい」と考えている/考えていたという回答も、40%を超えます。
上記のことから、株式会社においても社会課題に取り組むことや少なくともその側面を考慮することが当たり前となってきているということがわかります。
地域企業とNPOによる連携の効果と注意すべき点
また地域企業とNPOの連携(資金提供、プロボノ、共同事業開発など)により、社会的信頼や活動のリソースの獲得などの効果がある点も解説していただきました。
その一方で、企業が注意すべき「社会課題ウォッシュ」の例として、「グリーンウォッシング」「SDGsウォッシング」「ソーシャルウォッシング」についても触れていただきました。
これらは環境配慮やSDGs、社会課題への取り組みを偽装したり誇張したりするもので、各国で規制が強化されています。また行政やNPOなどに対しては、上記のようなものに悪用されないように気を付けてほしいというアドバイスがありました。

社会の矛盾との出会い 株式会社フェアスタートの活動

次に、NPO法人フェアスタートサポート代表理事の永岡さんにお話をいただきました。
永岡さんは福祉系ではない学部を卒業後、企業に就職しましたが、元々“30歳までに起業をする”という目標があり、28歳の誕生日を迎えて退職されたそうです。様々な社会課題に触れていく中で、子どもの貧困シンポジウムに参加したことが事業を始めるきっかけになったと振り返る永岡さん。そこでは、高校を卒業すると公的な支援が切れてしまうこと、児童養護施設出身者の多くがワーキングプアになっていること、そのような状況から自力で抜け出すことが難しいことなどがわかったそうです。一方人口減少が進む日本社会で、企業としては若手・人材不足という課題を抱えているという社会の矛盾を感じ、児童養護施設等出身の若者達の就職をサポートすることを目的に、2011年に株式会社フェアスタートを設立します。
社会課題の根本原因にアプローチできているのか?という問い
起業後、とにかくたくさんの児童養護施設を訪問し、紹介先企業の開拓に励んだ永岡さん。メディアでもその取り組みが多数取り上げられ、徐々に実績が出始めたものの、就職した後早期離職となる若者の存在が浮かび上がってきました。
彼ら彼女らに入社の理由をヒアリングすると、「特にやりたいことはなかったが、周りの大人に勧められたから」「社宅があるところだったから」などの声があり、また「やってみたらイメージと違った」「入ってみたらなんか合わなかった」という理由で辞めていることがわかりました。
そこで、「健全な自己決定ができていない」ことと、「公教育におけるキャリア教育の遅れ」が原因で、児童養護施設等の出身者が早期離職に至りやすいのではないかと分析した永岡さん。だからといって「学校での教育を変えたり、施設の職員がこれ以上無理をしたりしなくても、キャリア教育は地域の企業が担えるはず」との思いで、事業の方向転換を行います。
どんな環境で育っても、全ての若者達が自分らしい「はたらく」を実現できる社会へ―NPO法人フェアスタートサポートの立ち上げ
様々な大人と出会い、仕事の知識や経験を知るということを通して将来の目標を見つける。退所し就職してからも困難を乗り越え成長と自立をしていきながら、施設に遊びに行き、同じ境遇の後輩たちと継続的に関わる―そんな「本人・施設職員・就職先の企業・社会」全員が幸せになれる「全方良し」の実現のために、キャリア教育支援事業を主体に行う事業の実施を検討します。しかし、株式会社では就職の仲介を行うことで企業からの収入を得ていましたが、この事業では収益を得ることが難しく、寄付や助成金を原資とした非営利組織を立ち上げることを決意しました。そして2013年にNPO法人フェアスタートサポートを設立します。
NPO法人では、就職相談や会社見学、仕事体験、職業適性検査を児童養護施設や里親家庭などに提供しているそうです。その結果、東京都福祉保健局(2022)「東京都における児童養護施設等退所者の実態調査報告書」によれば、児童養護施設出身者の約43%が1年以内に離職しているのに対し、NPO法人フェアスタートサポートが応援し、協力企業に就職した若者の1年以内の離職率は約20%と、事業の効果が明確に表れました。
株式会社とNPO法人の両輪で経営
株式会社での人材紹介業がなくなったわけではありません。会社の収入総額のうち企業への人材紹介手数料に加え、大企業CSRからの業務委託費という第2の収入がその大部分を占めています。
事業立ち上げ当初はこのようなビジネスは想像していなかったそうですが、NPO法人としてボランティアで行っていた活動が「スキル」や「サービス」となり、CSRでキャリア教育をしたい大企業と施設をつなぐことで、紹介手数料とは別の新たなビジネスが生まれたと語る永岡さん。

一方、NPO法人としての収入は、助成金と会費・寄付で成り立っていますが、その半分以上はビジネス的感覚で努力していると話されていました。例えば、各児童養護施設と地域企業のパートナーシップを促進するために、施設等の子どもたちへ会社見学や仕事体験を提供したい企業の情報サイト「フェアスタートパートナー」を開設したり、企業向けに講演を行ったり、会社情報のサイトへの掲載と引き換えに、サイトや団体継続のための寄付協力をお願いしたりするなどをされています。
ここで永岡さんが発した「お金を出資することの対価が求められるビジネスではなく、共感による寄付会費の方が敷居が低い」という言葉が寄付会費集めのカギなのかもしれません。まさに河村さんもお話しされていた「人々の共感を得るストーリー」が強みとなることだと実感しました。
参加された方々からは、
「ビジネス、NPOの両視点から話が聞けて、大変参考になった」
「社会課題を解決するのに稼ぐことは悪ではない、共感を得る物語を紡ぐことが重要であるという河村さんのお話が印象に残った」
「地域活動やボランティアを長くやってきて、感じていた『ビジネス』への苦手意識というか拒否感が解決しそうな気がする」
「何をすれば解決したい課題解決にしっかり貢献できるのかという話や営業して寄付金を獲得していく永岡さんのお話に感銘を受けた」
などのご感想をいただきました。
また今後の活動や仕事には、
「ストーリー性を考えながら、ソーシャルビジネスを活用した事業展開を考えたい」
「公民連携の事業を構想していく際に役立てたい」
「食べていける社会課題解決活動にさらに関心を持ち、できる支援を考えていきたい」
という前向きな気持ちを持っていただきました。

おわりに
「ソーシャルビジネス」という社会課題解決アプローチの方法は、社会貢献性と収益性を両立させることにより、アプローチできる課題の幅を広げ、より大きな社会的なインパクトを持つことができるようになります。安定した財源を確保できることで、持続的な雇用を創出することにもつながります。
またソーシャルビジネスをしていくにあたり、「今の方法で本当に社会のためになっているのか」「根本的な原因にアプローチできているのか」という姿勢を持ち続けることの重要性にも、今回のセミナーを通じて改めて気づかされました。
非営利組織だから稼ぐことに抵抗を感じる、株式会社だから収益が見込めないソーシャルセクターには関心を持たない、という考え方ではなく、「社会課題を解決する」という共通の目的のために何が必要か・何ができるかということを考え、他主体との連携や協働もしながら、よりよい社会に向かっていければと感じました。
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