イベントレポート

対話&創造ラボ|みらいリンクフォーラム Vol1  Event Report

施設の外観

EVENT REPORT | 下北沢・ボーナストラックが取り組む、不動産開発のあたらしいものさし

『様々な主体の交流・連携から新たな知を生みだす3つのイベント』
一人ひとりの良さが活かし合える暮らしやすい地域や社会を目指して、 新たな手法の創発に向けた「対話&創造ラボ」では、多様な主体による対話と創造の場をデザインしていきます。

みらいリンクフォーラムでは、これからの課題解決に向けて新たな手法創出の種が見つかり、みらいにつながる場を目指し、
特に、横浜市の地域で直面している、また今後直面する課題に対して、その解決に向け先進的に進められている取組で、新たな手法の創発につながる可能性のある事例等を学ぶための場を目指しています。

今回は、2020年12月17日に開催された、【「みんなで育て、つくる。チャレンジできる場所」~下北沢・BONUS TRACKが取り組む、不動産開発のあたらしいものさし~】のイベントレポートをお届けします。

2020年4月に下北沢で誕生した「BONUS TRACK」から、開発をご担当した
小田急電鉄株式会社 生活創造事業部 開発推進部 下北線路街 運営事務局マネージャーの向井隆昭さん、
場のプロデュースと運営も行われた 下北沢のまちづくり会社 散歩社 代表取締役/greenz.jpビジネスアドバイザーの小野裕之さんのお二人にご登壇いただきました。

モデレーターは、市民協働推進センターの統括責任者の吉原明香とクリエイティブディレクターの森川正信が務めました。

イベントの様子

「下北線路街のプロジェクト概要」

登壇者のプレゼンテーション

向井さんは、小田急電鉄株式会社 生活創造事業本部で不動産の開発・沿線の開発に携わっています。
その中で、2015年から下北沢エリア線路跡地開発のプロジェクトに取り組んできました。

下北線路街は、低層の建物・豊かな緑・屋外空間を備え、それらを繋ぐ遊歩道を整備し、ヒューマンスケールな街並みを醸成するという計画のもとで進められています。現在、01~07までが完成して開業しています。BONUS TRACKは06で、下北沢駅と世田谷代田駅の丁度真ん中にあります。

向井さんから下北線路街プロジェクトの背景についてお話をいただきました。
「開発の背景として、2013年の東京都の連続立体交差事業(踏切をなくすプロジェクト)と小田急線の複々線化事業による地下線化をきっかけに、地上の線路跡地が2013年に生まれました。

この下北沢駅~世田谷代田駅間(1.7km)の線路跡地の有効活用として、下北線路街という名で開発が進められることになりました。開発コンセプトは、BE YOU シモキタらしく。ジブンらしく。街を歩いていて、下北沢は本当に多様な魅力があると感じました。シモキタらしさを開発でも出したいということから、このコンセプトを定義しました。」

「小田急色を前面に出さない開発」

プロジェクトを進めるうえで、向井さんは次のことを意識されたそうです。
「支援型開発という造語をプロジェクトの中で用いています。
それは小田急色を前面に出して開発をするのではなく、地域の方々が価値を生み出す主体になるような街づくりを小田急電鉄がディベロッパーとしてどのようにできるかを考えながら、場に落とし込んでいくということです。」

また、プロジェクトにおいて、小田急電鉄は以下の5つを大事にしたそうです。

1.地域性を重んじ社会的意義を追及する
2.長期的かつエリア的な視点で事業を組み立てる
3.施設の開発をゴールにせず、余白を大切にする
4.様々なパートナーと共創する
5.継続可能な運営体制や仕組み作りに取り組む

今回のプロジェクトで、まちづくり×愛着というテーマを小田急電鉄は掲げています。
沿線を豊かにする使命をもつ鉄道会社として、愛着や誇りをお客様とともに育みながら、地域社会の課題解決にまちづくりとして取り組むことが大事だと向井さんは話します。

「下北沢エリアにおける課題」

では、下北沢エリアにおける課題とは何か。
向井さんは、以下の課題があったと話してくれました。

・賃料高騰に伴う、下北エリア商店街のチェーン店化
・世田谷代田駅付近のシャッター状態や周囲の空き家の急増
・商店街関係者などまちづくりに関わる方々の高齢化

さらに、立地は「一低層」「一中高」が半々と商業エリアではありません。

課題と立地背景を鑑み、若い人がチャレンジできる場所・個人店を応援する仕組みづくりの必要性から、一低層で可能な店舗兼用住宅の長屋を軸に、若い人たちが集まる新しい商店街の形をつくることになったそうです。

一低層
「第一種低層住居専用地域」のこと。この地域は、良好な住環境を保護するために、高さの制限などが定められている。

一中高
「第一種中高層住居専用地域」のこと。主にマンションを中心とする中高層住宅のための地域で、病院や大学、500㎡までの店舗などは建てられるが、オフィスビルやホテル・旅館等の建築は許可されない。

「まちづくりと社会起業は相性が良い」

続いて、BONUS TRACKの場のプロデュースと運営に携われました小野さんにお話をお伺いしました。

小野さんは、BONUS TRACK全体の運営のほか、BONUS TRACKに入っている発酵の専門店・秋田の農家と連携している飲食店の運営などに携わっています。

小野さんは元々、greenz.jpというソーシャルデザインをテーマにしたメディアに2009~2018年まで所属されていました。
greenz.jpは、全ての人が社会づくりに参加することのできるような仕組み・仕掛け・アイデアのリソースを提供しているメディアです。しかし、取り組まれている中でメディアの限界を感じてしまったと小野さんは話します。

「社会的な事業は、続けることも始めることも難しいんです。
いい事例を紹介しても、それが5年くらいで終わってしまったことも沢山あります。
役割を終えた、継続が出来なかったという点も正直あると思いますが、
自分はやらないのに人には勧めていることに猜疑心を感じてしまったんですよね。
31歳頃だったと思います。」

それから、小野さんは自身でもビジネスプロデュースを行うようになったそうです。

ビジネスプロデュースにおいて、まちづくりと社会起業の組み合わせの相性の良さについて、小野さんは次のように話します。

「街の価値を上げることを考えた時に、家賃を高めに払うことのできるテナントばかりが入った街だと、地域の課題解決が進まないなどの問題が出てくるんですよね。
例えば、個店のカフェや保育園や本屋があった方が生活の価値は上がると思います。
だけど、個店のカフェや本屋は、家賃の支払い面を考えると脆弱なんですよね。
街の価値として、どうやってカフェや本屋を生存可能な状況にしていくか。
それを、自治体や企業と一緒に長期的な目線で考えることが大切だと思います。」

BONUS TRACKには、スイーツとワインのお店・レコード店・古着や雑貨のお店・読書カフェ・カレー屋・日記専門店・不動産業者・コワーキングスペース・シェアキッチン・コロッケカフェなど多様な個店が入居しています。

登壇者のプレゼンテーション

「個人店を集めて、街の価値を高める」

どのようにしてプロジェクトが進んだのか、協働における価値とは何かについて
前半・後半に分けてトークセッションを行いました。

前半セッションでは、プロジェクトの進め方についてお伺いします。

森川:「プロジェクトを進めるうえで感じた、街の課題についてもう少し詳しく向井さんに教えていただきたいです。」

向井さん:「店舗の変化(特に下北沢駅南口の商店街)ですかね。
大手の資本や流行している店が出来ていることが地元の人からすると寂しさを感じるようです。
私自身、店主の顔が見えることが下北の価値だと思っていますし、街の人からもそのような声があがっていました。」

森川:「チェーン店が増えていて、個人店が少なくなっているということを小田急としても課題に感じていたということですね。
そこから、小野さんにどのような経緯で相談が進んだのかお聞きしたいです。」

向井さん:「個人店を集めるノウハウを小田急は持っていませんでした。
小田急としてできること・できないことを棚卸した時に、高い賃料を払ってくれるチェーン店のつてはあったのですが、個人店の声掛け方法が正直分かりませんでした。
たまたまプロジェクトリーダーの上司が、greenz.jpを知っており、greenz.jpだったら全国の社会課題解決のノウハウを持っているのではないかと提案してくれました。
そこから、小野さんに声をかけたという流れになります。」

森川:「小野さんはその話を受けてどのように感じましたか。」

小野さん:「面白いと感じました。
リーシングが難しいと言われている住宅街での取り組みが、ミレ二アル世代にはむしろ自然に響くのではないかと思い、取り組みたいと思いました。
ただ、一人では出来ないと思い、下北沢で活動をしていた内沼さんという方に一緒にエリア開発に取り組みませんかと声をかけました。」

森川:「何か小田急に提供できるものがあるかも、やってみたいと思い、お話を聞いたという感じですね。」

森川:「先程向井さんから、小田急としては場を作ることはできるけど、担い手として入ってくる個人店を集めたいのにリーチができないのが悩みだったとお伺いしました。
BONUS TRACKには結構なテナント数があり、下北という文脈に関係がなさそうなテナントも入居していますが、どのような視点で彼らが入ってきてくれたのか小野さんにお伺いしたいです。」

小野さん:「チャレンジしたかったことをしてください、
あなたの事業にとってボーナスになるようなことをしてくださいとお願いしました。
家賃が0ではなく、家賃を払うからこそ、そこにイノベーションの種が生まれると思っています。商売を通じて、場所を開いていくというスタンスに共感してくれそうな人をリストアップしました。
ただ、コンセプトに縛られすぎるのではなく、感覚的に広げていくことも大事にしましたね。
あとは、公募も少しだけ行いました。
応募をしてきたテナントとは、賃料を払えるかだけではなくて、どのような事業を行いたいのか、街にどのような付加価値をつくることができるのかについて話し合いました。」

「街の将来的な価値を見込んでのチャレンジ」

森川:「実は、小田急としては大きな箱をつくって、大きな商業施設を造るということは前提としてなかったとお聞きしました。」

向井さん:「そうですね。あの敷地は特殊で、一低層・一中高が半々に分かれています。
元々駐車場として用いられる予定でした。しかし、それだともったいないよねという話になりました。一低層であることを逆手にとって、地域に開いて色々な人に使用してほしいという思いから店舗兼用住宅のアイデアが生まれました。」

森川:「駐車場にしてしまえば、それはそれで使われる場所だったと思いますが、
小田急としてはそれよりも街の将来的な価値を見込んでのチャレンジに挑戦したかったということですね。」

「ワクワクすることが協働の確実な条件」

セッションの様子

後半セッションでは、2社が協働してどのように事業を進めてきたのかを深掘りしていきます。

森川:「このプロジェクトを向井さんの上司がどのようなプロセスで会社に伝えたのか
お伺いしたいです。」

向井さん:「BONUS TRACKのみの計画を伝えたのではなく、鉄道会社として13ブロック一帯をまちづくりとして行うことを会社に伝えました。
店舗兼用住宅・商業施設・駐車場を合わせての利益を説明したり、
面白いテナントが集まりそう等の説明を商店街の写真を見せながら、会社を説得しました。
立ち上げたばかりの会社に対して、マスターリースを行うことは珍しかったと思います。」

森川:「企業からすると、リスクのあることだと思いますが、チームとしては散歩社にお願いすることがプロジェクトの成功に繋がるという確信と希望があったんですね。」

吉原:「相談から決断まで数か月だったとお伺いしましたが、何が決め手だったのか気になります。」

向井さん:「お店の価値が街の価値に繋がると思っていたので、そのお店が継続的に営業することができるかが大事だと考えています。
建物が残っても、店が変わる方がリスクが高いのではないかと思います。
出店希望者さんと小野さん・内沼さんの繋がりの強さを相談の最中で感じ、この方たちと手を組んだら他の不動産会社と手を組むより面白そうだと確信したんですよね。」

吉原:「他ではないものができるというワクワク感を感じたんですね。
会社の後輩には今回の経験からどのようなことを伝えたいですか。」

向井さん:「散歩社と定例を月に1回程行っていたのですが、それが結構楽しかったんですよね。
自分に足りないものと自分にできるものが分かる。
自分だけでやりきらない強さがあれば、面白いことに繋がると他の人にも言っていますね。
幅広く視野を持って、まずは手探りで相手と相談することは伝えていきたいと思いますね。」

森川:「信頼できる・ワクワクする人と一緒に何かをやることは、協働の確実な条件だと思うんですよね。」

「協働によって新しい価値観と出会い、自分自身が変わる」

小野さん:「今までgreenz.jpを通じて、週に1回様々な提案をしてきました。
面白い話をするのが私は得意だし、それが職業なんですよね。
広告ビジネスに依存しないプロジェクトを、企業と協働して立ち上げることを今までやってきました。
僕らはプロフェッショナル性を大事にしていて、誰でもできる仕事をこなそうというより、自分にしかできないことを行い、色々な人と組むことを大事にしてきました。
正直出来ないことも多いですけど、お金が回る仕組みづくりはできます。
長年活動していますが、長く続けたから発信力が高まるのではなく、20代からSNSを通じて発信して信頼関係を構築してきたことも肝になっています。
インターネット以前以後、SNS以前以後で信頼関係の作り方は大きく変わっていて無視できないものになっていますよね。」

森川:「SNSの活用によって、本当に様々な変化がでてきていますよね。」

小野さん:「それが全てではないし、SNSが浅はかという意見もありますが、そういうチャネルができたということを受け止めることは大事だと思います。
日本社会が今まで守ってきた価値観との軋轢を感じた時に、そこで折れたりチャレンジを止めたりするのではなく、リスクも想定してやりきる覚悟が大事です。
日本の社会は変わらないと言われていますけど、
日本の社会を変えている人とばかりと仕事をしているので、やろうと思えばできることも昔より増えていると実感しています。」

森川:「協働の価値は、今までなかった価値観を他者からもらえて、自分自身が変われる点だと思います。自分自身が次のステージに進むことができて、双方が変化していける点が醍醐味だと感じています。」

「協働において、信頼関係を維持するうえで大事にしていることは何ですか」という会場からの質問に対して、小野さんがおっしゃったことが印象的でした。

「背中を預けることのできる関係が究極だと思います。
苦手なことが補え合える、得意なことが似ていない人同士の方が、できることが増えますよね。他方、感覚が近いことも大事です。
面白いと心から思えればいいのではないでしょうか。」

私は、今回のフォーラムを通じて、何か楽しそう・面白そうというワクワク感が大事だという話に共感をしました。
私は、これまでの自分の人生において損得感情で動くよりも、心惹かれたことに正直でいることを大事にしてきました。
現在、教育系NPOでアルバイトをしていますが、それもお金を稼ぐというよりは団体が掲げているビジョンに共感したからです。
共通の想いを持っている人が集まり、共感が生まれることでプロジェクトが前進すると実感しています。

トークセッション内でも話がありましたが、法人や個人問わず、ウェブでの発信が当たり前の時代になりました。今回の協働は、小田急電鉄側がgreenz.jpの発信に着目していたからこそ実現することができたとお伺いしました。インターネットを介して生まれた共感が、協働に繋がった今回の取り組みはとても興味深いものでした。
そして、このような共感から始まる協働は今後ますます世の中に浸透していくのではないかと感じることのできたフォーラムでした。

書き手: mass×mass 関内フューチャーセンター インターン 滝沼研人|kento takinuma

GUEST | Profle

向井 隆昭さん

小田急電鉄株式会社
生活創造事業本部 開発推進部 /
下北線路街 運営事務局 マネージャー

1990年生まれ。立教大学経済学部卒業後、2013年に小田急電鉄株式会社に入社し、主に小田急沿線の不動産開発業務に携わる。 2015年より下北沢エリアの線路跡地「下北線路街」の開発プロジェクトを担当し、開業後の物件の管理運営にも携わりながら下北沢エリアのまちづくりに取り組む。

小野裕之さん

下北沢のまちづくり会社 散歩社
代表取締役 / greenz.jp ビジネスアドバイザー

1984年岡山県生まれ。中央大学総合政策学部卒。ソーシャルデザインをテーマにしたウェブマガジン「greenz.jp」を運営するNPO法人グリーンズの経営を6年務めた後、同法人のソーシャルデザインやまちづくりに関わる事業開発・再生のプロデュース機能をO&G合同会社として分社化、代表に就任。greenz.jpビジネスアドバイザー。

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