「坂や階段が多く買い物が大変」という住民の声が自治会・町内会や地域ケアプラザ等に寄せられていた横浜市西区「第3地区」。地域の高齢化が進むなか、このままではさらに多くの住民が「外出困難」になってしまう。そんな地域の課題を解決するため住民主体で立ち上げた移動支援サービス「おでかけ3(おでかけさん)」の車が街を駆けめぐっています。
高齢化が進む山坂が多い住宅地
横浜市西区は連合町内会を単位として6つのエリアに区分されています。今回取材でお邪魔したのは南西部の「第3地区」。およそ南半分が村岡花子(翻訳家)や原三渓(実業家)など著名人も多く眠る久保山墓地を擁する傾斜地となっており、起伏に富んだ地形に戸建て住宅が数多く立ち並びます。
「ここは公共交通機関の選択肢が少なく、買い物が不便なエリアなのです」と語るのは地域のことを知り尽くした笠原實さん。傾斜地の一番高いところにある聖隷横浜病院を通るバス路線はあるものの、本数が少なく、また足元の商店街を迂回するようなルートのため住民生活にはあまり寄与していないとのこと。また一時期運行されていた市営のコミュニティバスも廃止されてしまったそうです。
ますます高齢化が進み、買い物のために坂道を30分歩くことが難しい住民が増えると予想されるなか、笠原さんたちは新たな交通手段を模索し始めます。しかも「長く続けることが最も重要」という考えから、バス会社などとの提携ではなく住民自らの手でコミュニティバスを走らせようと構想しました。
こうして2018年に試行運転を開始したのが移動支援バス「おでかけ3(さん)」です。地域住民、町内会・自治会、地域ケアプラザ、福祉施設、社会福祉協議会、商店会、区役所などが顔をそろえる実行委員会が立ち上がり、第3地区町内会自治会協議会(いわゆる連合町内会)会長の笠原さんが実行委員長に就きました。
“顔の見える関係”と「おでかけ3」
笠原さんは「おでかけ3」の資料を綴じた厚いファイルをめくりながら、当時を振り返ります。
「ルートはどうするか、停留所はどこに設置するか、料金はいくらにするかなど、何度も話し合いました。なかでも重要だったのは車両の確保です」
そこで登場するのが阿部浩之さん。障害のある方たちの生活や就労を支援する複合施設「生活創造空間にし」の館長です。
阿部さんによると「おでかけ3」の名前もまだ決まっていない頃、地域ケアプラザ担当者らとの何気ない立ち話のなかで車両探しの話題が出たそうです。企業所有のマイクロバスや大規模マンションの送迎車両の活用を検討していたものの、首尾よくいかないようだったとのことでした。
「そこで、うちの送迎車はどうかと提案しました。たまたま朝と夕方の送迎以外は車両が空いているので、うまく活用できないか?と感じていたところでした」と阿部さん。
こうして車両とドライバーを「生活創造空間にし」から出すことになり、「おでかけ3」構想は具体化していきました。
車両を探す側と提供する側、双方のニーズは偶然マッチしたわけではなさそうです。地域の人々が日常的に“顔の見える関係”を築いていたことが功を奏したといえます。
笠原さんと阿部さんは「おでかけ3」以前から顔見知りでした。ではどこで知り合っていたのでしょう。ふたりに伺うと少し考えてから「地区懇談会ではないか」という答えが返ってきました。
地区懇談会とは、住民と行政が地域の課題を共有し話し合う場として開催される会議体です。横浜市内では各連合町内会単位で開催されており、第3地区においては藤棚地域ケアプラザで年3回ほど行われています。
実は第3地区は福祉施設がとても多いのだそうです。地域の人々もそのことをよく認識していて、施設の見学会や「福祉フェスタ」をともに開催するなど交流の機会を10年以上前から積み重ねてきました。
地域課題解決のために福祉車両を活用するというアイデアは、一朝一夕に実現できることではなかったのです。
専門性の高い知識はNPOやプロボノから
一つの移動支援サービスを立ち上げようとすると、地域住民だけでは解決できないこともあります。特に法的な問題について実行委員会はNPO団体の専門家に助言を求めました。
「私たちは免許を持った事業者ではありません。運賃やガソリン代を受け取れないなど決まりごとがあります。できることとできないことの線引きについて具体的なアドバイスをいただけました」と阿部さん。
また笠原さんによるとルートや停留所を決めるときは住民や周辺施設への事前説明が重要だというアドバイスもあったとのこと。今でも新しい停留所を設置する際は「地域の皆さんのために運行しているのでぜひ停めさせてください」と実行委員長自ら説明して回るようにしているそうです。
2020年には横浜型プロボノ事業「ハマボノ(外部サイト)」を通じて外部のIT専門家にオンラインでの広報強化を依頼しました。その結果「おでかけ3」のホームページが出来上がり、ルートや時刻表、「おでかけ3だより」もデジタルで発信できるようになっています。
そしてこのとき関わったIT専門家の一人は、その後も自主的に実行委員会に残り現在も運行データの分析などを担当しているそうです。
地域の中だけでなく外からも様々な人々が加わり、住民主体の移動支援サービスというユニークな取り組みを支えています。
人と人、人とまちをつなぐ
2020年7月、コロナで休止していた運行を再開するにあたり、利用者の検温と消毒、そして連絡先の確認をするようになりました。感染者との濃厚接触がわかった際にすぐ連絡できるようにすることが目的でしたが、その副産物として利用者名簿が出来上がったそうです。
2024年9月時点での登録者数は前年から87人増えて304人。一日の平均人数は19.5人になっています。特に午前中は満席になることもしばしばだとか。
「添乗員の手が足りないときは私が乗ることもあります。『しばらくだね』『元気だった?』みたいにアットホームな会話を心がけています」と笠原さん。
また運転手を務めることがある阿部さんは、「地域でボランティア活動をしている添乗ボランティアさんは車内で何か困ったことがある人に出会うと『それあとで行くから』とその場で解決しています」と教えてくれました。
今や「おでかけ3」の役割は移動支援にとどまらず地域におけるコミュニケーションの場にもなっているようです。まさに“顔の見える関係”が一段と深まっているともいえるでしょう。
最後に今後の目標について聞きました。
「一時期、地域の障害者施設の方たちに『乗車しない添乗ボランティア(乗車前の検温・消毒のボランティア)』のようなことをしてもらっていました。今後はそういった機会を増やし、障害のある方もできることはたくさんあるということを地域の人に知ってもらいたいと思います」と阿部さん。
そして笠原さんは、「とにかく長く続けること。『人と人、人とまちをつなぐ』というコンセプトを大事にしたいです」と答えてくれました。
編集後記
ロゴマークを地域の方々から募集したり、テーマソングを作り商店街で流したり、ユニークな発想で活動を盛り上げる「おでかけ3」。
住民主体の活動は、今後も進化を遂げそうです。楽しみですね。
第3地区で「おでかけ3」の車を見かけたら、たくさんの地域の人たちの顔が思い浮かびますね。添乗ボランティアはいつでも大歓迎とのこと、みなさんもぜひ仲間に加わってみてください。
「おでかけ3」ホームページ(外部リンク)
https://odekake3.jimdofree.com/
今後も横浜市市民協働推進センターでは、市内各地のさまざまな協働事例を紹介してまいります。次号をご期待ください!